加太淡嶋温泉のススメ

泊まりがけ出張で和歌山へ行ってきたのですが、どういうわけか和歌山市街のホテルは軒並みいっぱいで予約とれても1万円を超えてしまっている状況。素泊まりなのに、、、

というわけで、営業車移動していたこともあり、市街を離れて宿を探すことに。

今回は加太(かだ)に泊まることにしました。

加太

和歌山市街の西に加太(かだ)と呼ばれる港町があり、夏には海水浴客でにぎわいます。

釣り人からも人気のスポットで、鯛の一本釣りが有名です。

そして、「天空の城ラピュタ」に出てくるラピュタの島と呼ばれている友ヶ島への玄関口としてにぎわっています。加太港にあるフェリー乗り場から1日4便出ています。今回はお仕事ですので行けませんが、今度レポートしたいと思っているスポットです。

友ヶ島は紀淡海峡に緩やかな曲線を描いて浮かぶ神島、地の島、沖ノ島、虎島の四島を合わせた総称で定期船の着く沖ノ島の最高峰、コウノ巣山(120m)には1等三角点が埋設されています。加太港からの観光船で20分、沖ノ島の野奈浦桟橋に降り立つとそこはもう南国の楽園。少し前までは電気も自家発電でまかなっていた自然のままの島です。友ヶ島は第2次大戦の終わるまでは旧日本軍の軍用地で一般の人は立ち入ることが出来ませんでした。島内には大戦中の施設も多く残され6カ所の砲台跡のほか紀伊防備隊の海軍聴音所、弾薬庫、軍馬舎、将校官舎、厠なども当時の面影を偲ばせてくれます。また、島内の歩道はほとんどがかつての軍用道路で、今も舗装されていない風情ある道路で島内を巡ることが出来ます。(出展:加太観光協会公式サイト

宿泊は民宿きしだ荘

今回のお宿は、民宿きしだ荘をチョイス。同僚のトミー君と二人で泊まります。まくら投げとかして楽しもう!と提案しましたが断固拒否されました。きっと鼻炎がひどいからです。

秋だし、平日ということもあり、貸し切りでした。

カード決済は出来ず現金のみ。書き込みとか見ていると散々な評価をされているページもあったのですが、僕は根拠のない自信がありました。

きっといい旅になる!(シゴトダゾ、、、)

きしだ荘。ホームページが立派です(笑)

周りには食事処などはないと思い、1泊2食付きのプランを探していましたが、ドンピシャのプランがありました。

鯛会席コース¥9,900-(2017年11月時点)です。別途入浴税150円必要。

夕方18時ごろに宿に到着。玄関はいるとこんな感じ。

19時から夕食を。とお願いして、すぐにお風呂です。1階にあります。

 

大浴場(家族風呂)は洗い場は2つだけ。と、こじんまりしていますが僕的にはまったく問題なしでした。ただ、繁盛期とか40人~50人収容できるそうなんですが、、、どうやってさばくんだろうか、、、と心配になってしまいました。

泉質はぬるっとしたなめらかな肌触りでいわゆる「美人の湯」と呼ばれる天然温泉です。とっても快適でした。

書き込みにドライヤーが無い。とあったので確認すると、貸し出し用のドライヤーがありますよ。とのこと。小さいタオルは1枚付いてきますが、バスタオルはありません。必要な方は持ってこられるか有料で。僕は小さいタオルで十分ふけるサイズですので問題ありません。

僕らの部屋は2階の海沿いの部屋でした。8畳でテレビがあるだけ。エアコンはなかなかベテランの雰囲気でてましたので作動させる勇気はでませんでした。冷蔵庫はありません。ティッシュもありません。

 

 

 

廊下に洗面スペースがあり共用です。そちらにハブラシだけあります。

当然トイレも共用。書き込みでは和式で臭い。と書かれていましたが、洋式でしたし臭くなかったです。ウォシュレットではありませんでしたがね。

絶品料理に舌鼓

夕食は期待以上でした。ボリューム満点。との書き込みもあったのですが、僕たちならいけるだろう。と甘い考えを持ちました。

鯛の活け造り。久しぶりに美味しい刺身食べた気がします。

関西人は、これあるだけでテンションあがる茶碗蒸し。

鯛のあら煮

とろける牛肉たたき

食事が始まってから揚げてくれる天ぷら。カニまであります。

鯛飯(固形燃料で作ります)

めっちゃええ感じにできます。固形燃料1個でご飯って炊けるんだ、、、と驚きです。たぶんこの釜がええ仕事するんだろう。と結論付けました。この鯛飯でお腹はちきれそうになりました。満腹です。

生ビール1杯ずつと瓶ビール1本を分けて夕食は終わりました。ご飯ちゃんと食べるとお酒の量が少なくて健康的です。

部屋呑み用にコンビニでワインを1本買ってきたので、湯のみで飲んでその日は終了です。

出張ラン:加太砲台、田倉崎砲台跡

朝は8時過ぎには宿を出発することになってたので、朝ご飯は7時半でお願いしました。

恒例の出張ランも早起きせねばならず、6時スタートです。

友ヶ島に渡らずとも、旧日本軍の施設跡があるということで、砲台跡を目指します。

きしだ荘から北上すると「休暇村紀州加太」があります。

そちらの近辺に深山砲台跡があるのですが、時間的にまわれそうもなかったので、行って帰ってこれるであろう南側にある加太砲台跡と田倉岬砲台跡を目指します。

上の写真の赤い部分あたりの橋を渡ったら友ヶ島汽船の乗り場があります。

 

すでにたくさんの釣り人がひしめきあっています。

大阪屋(旅館)の横にある釣具屋さんは元気に開店しています。

 

大阪屋をUターンすると淡嶋神社の鳥居があります。パワースポットとして有名です。

 

供養のために2万体ともいわれるひな人形が奉納されている本殿は天正13年(1585年)、豊臣秀吉の紀州征伐で全焼した後、浅野幸長が再建、紀州徳川家初代・徳川頼宣が修復、江戸時代末期に第十代・徳川治宝が造営したものである。昭和54年(1979年)には傷みが目立つようになった社殿を覆うような形で新社殿が造営された。
神宝として神功皇后奉納の金銅造丸鞘太刀(国宝)、護良親王奉納の大円山形星兜(国宝)などが伝わり、この神社が古くから皇族や有力武士の厚い崇拝を受けていたことがわかる。
当地は古代から南海道を往来する船舶の要衝にあたり、神社の建物には一部、木造船の部材が再利用されている。「紀伊続風土記」は紀伊国屋文左衛門の出身地、そしてそのみかん舟・梵天丸の出帆地が加太浦であると伝え、文左衛門の家に祭られていたと伝わる稲荷社も境内に鎮座する。(出展:加太観光協会公式サイト

あとはどんどん登ります。ただ、現在道幅拡張工事中で車両の進入は禁止されています。たまたま一番乗りしてきた作業者のおじちゃんがいたので走って登るのは大丈夫か確認したところOKもらったので柵を越えて登ります。

少し登ると砂利道に変わり、いつの間にか山道に変わります。気づかなかったけどここらへんに一つ目の砲台跡である加太砲台跡があります。スルーしちゃいました。

イノシシ注意の看板がそこら中にありまして、道もケモノが掘り起こしたっぽい感じになっているところが散見されます。薄暗い朝の山道。背筋がゾクゾクってします。

中腹に見晴らしの丘という場所があったので立ち寄ります。ええ景色です。

少し行けば田倉岬砲台跡。のはずなのですが、、、見当たりません・・・

途中遊具スペースがありました。メンテナンス状態はそこまで良くないです。もしやここなのか?砲台跡、、、ところどころレンガ造りの建造物はありました。

 

さぁ、ここまで来たらてっぺんまで行きましょう。

ところが、、、なんだかケモノの気配まで感じてしまい、ここで早々に引き返します。

折り返しながら砲台跡を探します。

 

田倉岬砲台跡は結局見つからず。加太砲台跡を目指します。

 

砲床が残っていて雰囲気ありました。ちょっと物足りないけど。。。(笑)

やはり休暇村の近くの深山砲台跡の方が良いみたいですね。今度はそちらに行きます。

しまい

お風呂に入って、朝ご飯食べて今回の素敵な旅はおしまいです。(違うか、、、)

さぁ仕事仕事!

今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。

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